9月13日

 ここ数日間、朝から晩までドクター・フリッツの個人ヒーリングの側にいると、感動してもらい泣きする場面に、何度も出くわしました。

 乳母車なしでは歩けなかったお婆ちゃんが、フリッツのたった5分間のヒーリングで、イッチニサンシー・・・とかけ声をあげながら一人で歩けるようになったとき。お婆ちゃんは泣きながらお礼を言うと、フリッツは「もうこの乳母車は孫にあげなさい」なんて言ったとき・・・

 その中でも、この美しい母娘のドラマには、涙がとまらないくらいでした。娘さんは、控え室で自分の番を待っている間にも発作で倒れ込んでしまったのです。


 その娘さんにドクター・フリッツはハンドエネルギーをかざして落ちつかせ、今度は付き添いで来られた病弱のお母さんへのヒーリングを伝授したのです。

 フリッツは娘さんに向かってこう言いました。
「あなたは病気ではないんですよ。あなたは感受性が豊かすぎるのだけなのです。どうして感受性が強いかというと、あなたはヒーラーとして人々のハートに触れることができるからなんですよ・・・」

 お母さんも娘さんも、帰るときには元気はつらつなこの笑顔。娘さんからは数週間後、ご自分で作詞作曲演奏したレコーディングしたばかりというCDが送られてきました。

 そのCDの中に、彼女はこう書いています。
「どこまでも変わりなく、限りなく・・・私は無始の昔から未来永劫、このまま、ありのまま、です。想いが、詩となり、メロディーとなり、そして私の身体中を巡り巡った二酸化炭素とともにあふれ出て、皆さんのお耳に届くのです。
 そしてそれは、それぞれが深い処にしまい込んでいる同じトコに響き、その果てしなく広がるハーモニーは、やがて自身を癒すのです・・・」
 


9月22日
 僕の家族がぜんいん、大分からドクター・フリッツに会いに来ました。

 赤坂プリンスホテルの最上階でフランス料理のフルコースです。

 窓から見おろす東京の夜景、今夜は僕のファミリーにとっても特別な夜です。

 いつもは無口な父も、戦前に牧師さんから習った英語で、さかんにルーベンに話しかけます。フォアグラやトリュフも美味しくて、ルーベンも笑いっぱなしで、幸せな夜です。


9月23日
 朝一番に、ルーベンがわざわざ早めにドクター・フリッツにチャネルしてくれて、家族一人ひとりをヒーリングしてくれました。

 父が心配していた耳のことも解決し、喜んでいました。

 姉にもていねいにヒーリングしてくれます。となりに立っておられるのが、くる日もくる日もボランティアで手伝ってくださった内科医の馬場先生です。


 
 ドクター・フリッツの愛は、いったいどこからくるのでしょう。緊張している家族を、ジョークを言って和らげてくれます。

 姉のヒーリングを姪の綾ちゃんが熱心に見ていたら、ドクター・フリッツは、「ホラ、こうしたらお母さんを癒してあげられるよ」とやさしく手をとり教えてくれました。

 最初は、「東京は遠いから、もう行かんでもいいよ」と言っていたぼくの家族も、ルーベンとフリッツに会ってからは、
「今度は、ほんとうに来てよかったねえ・・・」とみんな繰り返していました。

 ルーベンに、「ありがとう」そして、ドクター・フリッツのスピリットに、「ありがとう」


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